自覚してゐればこそ頑張る

翌年、楢雄は進級試験に落第した。寿枝の奔走も空しかつたわけである。その代り修一は京都の高等学校の入学試験に合格した。圭介は修一の入学宣誓式に京都まで出向いて、上機嫌で帰つて来たが、土産物(みやげもの)の聖護院(しやうごゐん)八ツ橋をガツガツ食べてゐる楢雄を見ると、にはかに渋い顔になり、改めて楢雄の落第について小言を言つた。楢雄は折柄口が一杯になつてゐたので、暫らくもぐもぐと黙つてゐたが、やがて呑み込んでしまふと、頭の悪いのは言はれなくても自覚してゐます、自覚してゐればこそ頑張るだけは頑張つてゐるんです、しかし頭の点は先天的のものでどうにもなりません、考へてみれば、同じ親から生れて兄さんは頭が良くて、僕は悪いといふのは遺伝の法則からいつてどういふことになるんでせう、やはり僕を頭の悪い子供に生れさせた原因がほかに介在してゐるんでせうか、さういへば、僕の眉毛がレプラのやうに薄いといふ事実も何だか不思議ですね。ベラベラと喋り立てると、圭介は、莫迦(ばか)野郎、生意気を言ふな、遺伝とは何だ、原因とは何だ、不思議とは何だ、といきなり楢雄の胸を掴んで庭へ引きずり下すと、松の枝をボキリと折つて、圭介の掌と楢雄の顔が両方からボトボトと血が落ちるまで、打つて打つて打ち続け、停めようとした寿枝まで突き飛ばされ、圭介の折檻(せつかん)はふと狂気じみてゐた。


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